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【後編】 アートディレクター 河野祥子の仕事論 ─ 「最後の砦」としてブランドを支え 未来の景色を創り出す

Oct 3, 2026

学生時代に「木を見て、森を見失っていた」ことに気づき、そこからクライアントのビジネス全体を俯瞰する視点と、自身の感覚を論理的に言語化する術を磨いてきたアートディレクター 河野祥子。

[前編:「木を見て 森を見失っていた」 新卒の彼女がなぜ指名されるADへと成長したのか] では、ドットゼロの第一線で新卒からキャリアを重ねてきた河野が、いかにしてクライアントの期待に応え、デザインを「感覚」ではなく「根拠」を持って伝える術を身につけていったのか。その成長の軌跡と思考法について紐解きました。
では、実際にその「言語化の力」と「全体を統括する視点」は、クライアントの現場でどのように発揮されているのでしょうか。

【後編】では、数あるプロジェクトの中でも、河野が長年伴走し、ブランドの根幹を共に創り上げてきた柔軟剤ブランド「ランドリン」を事例に、彼女がどのようにブランドの想いを汲み取り、デザインの力で昇華させているのかを深く掘り下げていきます。


Case Study : ランドリン [Laundrin’]

「河野さん、これをデザインしてみてどうでした?」
─ 磨かれた感性を持つクライアントに育てていただいた


それでは、河野さんが実際に取り組まれたプロジェクトについて、触れていきたいと思います。
最初に担当された大きな案件について教えてください。

私が本格的に関わらせていただいたのは、ネイチャーラボさんが展開する柔軟剤ブランド「ランドリン」です。
ドラッグストアに並ぶ柔軟剤の多くが、いかにも「香り」を強調したパッケージや装飾を採用するなか、ランドリンはシンプルで洗練されたデザインで、「部屋に置いておきたくなる」という世界観を打ち出した異色のブランドです。最初のご依頼は店頭の什器(展示台)のデザインでした。

当時は什器について右も左も分からないところからのスタートでした。クライアントからは、「ドラッグストアに来た人が、思わず商品を手に取りたくなるような展示台にしてほしい」「香りが漂ってくるような感じを表現して」というオーダーをいただきました。正直、デザインでどうやって「香り」を表現すればいいのだろう、と戸惑ったのを覚えています。


ランドリン様の指し示す「本質」にたどり着くために、河野さんはどんなところから考え始めたのですか?

ランドリンさんが他のブランドと決定的に違ったのは、「わざとらしさ」を徹底して排除する美学があった点です。例えば、「花びらをたくさん配置すれば花の香りが伝わるはず」といった、定型的なアプローチは最初から認められませんでした。
「手に取った瞬間に気分が上がるか」「他のブランドと何が決定的に違うのか」。そうした本質的な価値が、ひと目で伝わるデザインでなければいけない。求められるハードルが非常に高く、最初は本当に苦戦しましたね。


何か、特に印象に残っている出来事はありますか?

ADになって初めて、一人でクライアントのもとへプレゼンに伺った時のことです。デザインの説明を一通り終えた瞬間、センスの鋭い担当者の方から「河野さん、これってデザインしてみてどうでした?」と静かに問いかけられました。


それは… かなり鋭い問いですね。

はい。その聞き方だけで、「納得されていない」ということが瞬時に理解できました。「何となくいい感じにまとめました」という自分の甘さが、その一言で完全に露呈した気がしました。お世辞でも「いいですね」と言っていただけるだろうと、心のどこかで甘えていた自分を猛烈に恥じました。
担当者の方は、その後すぐに「こういう方向性の方がブランドに合うかもしれない」と、さまざまなアイデアを提示してくださいました。本当にありがたいアドバイスでしたが、同時に「100%の自信を持って提案できるものを作れていなかった」という自分の未熟さを突きつけられたようで、帰り道にとても悔しい思いをしたのを覚えています。


厳しくも、示唆に富んだアイデアをいただけたわけですね。

はい。クライアントの方の審美眼が非常に高いことは分かっていましたし、いただくアドバイスも的確そのものでした。だからこそ、その意図を真摯に受け止めて何稿も重ね、どうにか納得いただけるクオリティまで引き上げました。
幸い次回もまたご依頼をいただけたので、「このブランドには、この方向性が合うのではないか」という仮説をひとつずつ丁寧に立てて、トライアンドエラーを繰り返しながら、クライアントの目線に自分を合わせていきました。そうして少しずつ、信頼を積み重ねていけたのだと思います。


それはかなり粘り強く向き合いましたね。

はい。制作の佳境には、クライアントから細やかなフィードバックをいただくことも多くありました。先方にとっても大切なプロジェクトでしたから、私もその熱量に応えたくて、いただいた言葉を深く咀嚼し、納得いくまで調整を重ねました。
結果として、その姿勢が「河野さんは、最後までとことん付き合ってくれる人だ」という信頼に繋がったのかもしれません。そうして、一つひとつの積み重ねが実を結び、今では高確率で初稿が一発で通るような関係になれました。


それは、クライアントからの大きな信頼ですね。

はい。今では「もう、河野さんの好きな感じで作ってください」と言っていただけるくらい、お任せいただけるようになりました。



その後、ランドリンのパッケージも担当されるようになったのですね。

そうですね。什器で実績を積みながら、「いつかネイチャーラボさんのパッケージにも携わりたい」とずっと思っていたんです。
ある時、ドットゼロで作ったタオルのノベルティを持ってご挨拶に伺ったのですが、その際に担当者の方がドットゼロでもパッケージ制作を請け負っていることを知ってくださって。
後日、別の部署の方から「パッケージのデザインで河野さんに相談したいことがあるんだけど」と直接お声がけをいただきました。本当に驚きましたが、心から嬉しかったですね。そうしてご依頼を受けて手がけたのが、2025年1月に発売された桜シリーズ「SAKURA チェリーブロッサム 2026」です。


具体的に、どのようなデザインを目指したのでしょうか?

桜をテーマにした商品だと、どうしても主張が強くなりすぎて「和」の印象に寄りがちなんです。でも、ランドリンが目指すのは、あくまで洗練された世界観。
だからこそ、桜をそのまま写実的に描くのではなく、絵の具のテクスチャを重ねることで花びらの形を表現し、「ほんのり桜を感じさせる」という方向性に着地させました。色合いも、ビビッドになりすぎないよう、上品で淡いピンクを選んでいます。


発売後の反響はいかがでしたか?

キービジュアルのモデルが平野紫耀さんだったこともあり、SNSではものすごい反響をいただきました。平野さんのファンの方々が、ピンクのボトルを並べてその中央にフィギュアを置いて写真を撮る…といった投稿をたくさん見かけました。
そして、「パッケージ自体も可愛い」「世界観に馴染んでいる」と、デザインそのものに対してもポジティブな反応をいただけたことが、何よりも嬉しかったんです。ボトルをただの容器としてではなく、ひとつの「インテリア」や「愛せるもの」として認めてもらえた気がして、アートディレクターとしてひとつの到達点でした。


什器からパッケージまで、ブランドと深く長く伴走する中で、河野さんがクリエイターとして大切にしている「美学」とは何でしょうか?

そうですね。什器は「店頭で足を止めてもらうための強力な訴求」を、パッケージは「暮らしの中で愛され続けるための情緒」を担うもの。求められるスキルや視点が異なるため、両方を深く理解してデザインできる作り手は決して多くないと思うんです。
私が両方の領域を責任を持って引き受けることで、ブランドが放つメッセージに濁りがなくなると考えています。店頭から、手に取った瞬間、そして暮らしの中へ。ブランドの世界観を「点」ではなく「線」として一貫させること。

一人のクリエイターがそのブランドの呼吸を深く理解し、愛を込めてデザインし続けることこそが、ブランドの価値を何倍にも引き上げると信じています。それが、私がこの仕事で一番大切にしている「美学」かもしれません。


「質の高い仕事の代名詞」を目指して
— 河野祥子が描き出す 次の景色


今後の展望について教えてください。

私自身は、引き続き「ドットゼロに頼めば、必ず期待を超えてくれる」と信頼していただける仕事を、愚直に積み重ねていく。それに尽きます。クオリティを何よりも優先する、という私たちの姿勢は、どんな時代になっても守り抜きたいですね。
そして会社としては、「ああ、あの会社にお願いしたら間違いないよね」と、業界内外問わず誰もがその名前を知るような存在へと育てていきたい。規模を追うことよりも、ドットゼロという名前が「質の高い仕事の代名詞」として、広く認識されるようになるのが理想です。


デザインの力を使って挑戦していきたいことはありますか?

今後は、BtoCブランドの可能性をもっと広げていきたいと考えています。これまで培ってきたパッケージや什器での経験を活かして、空間まで含めた「ブランドの世界観そのもの」をデザインするような仕事ですね。たとえば、店舗という空間を含めたブランド体験全体を設計することで、より深い熱量をファンの方に届けることができるはずです。
表現の手段が増えるほど、ブランドと生活者の距離は縮まる。そんな「ブランドの空気感」までコントロールできるような、包括的なブランディングにより多く挑戦していきたいですね。


最後に、アートディレクターという仕事をどう捉えていますか?

責任が伴う仕事であることは間違いありません。ですが、その責任を負うこと自体に大きな醍醐味を感じています。クライアントという伴走者と二人三脚で、ひとつのブランドを育て上げていく。その過程を誰よりも近くで創り見届けられることに、何にも代えがたい面白さがあるんです。

私はよく「猪突猛進だね」と言われるのですが、まさにその通りかもしれません。未知の領域や新しいクライアントに出会ったとき、不安よりも「やってみたい」という衝動が常に勝ってしまう。そうやって新しい景色に飛び込み続けてきたからこそ、今の自分があるのだと思います。
この仕事で味わえる苦しささえも凌駕してしまうほどの「楽しさ」がある限り、私はこれからも走り続けていくはずです。



記事前編:「木を見て 森を見失っていた」 新卒の彼女がなぜ指名されるADへと成長したのか

アートディレクター Shoko Kawanoの経歴と視点

「ネイチャーラボ」 制作の舞台裏と実績詳細

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WRITTEN BY Masaki Takai

ドットゼロ 代表。BEAMSを経て同社を設立。資生堂や星野リゾート、ゴディバ等、数多くのグローバルブランドのブランディングやデザインを請け負うトータルデザインカンパニーを率いる。時代に流されない「人の琴線に触れるクリエイティブ」を追求。本質を突く思考と視座で、企業の良き未来を半歩先からエスコートする。 高井雅己の思考と視座